大学院から修士論文が消える とうとう大学院も知識で勝負か? 世界標準としての考える力はどこへ行く??

来年から、修士論文を書かなくても修士号が取得できることになる。「博士論文研究基礎力審査」に合格することが条件で、いままで通りの論文提出による方法も認められるとのこと。

この新制度の対象となるのは、主に博士課程にまで進む学生のようだ。2年間の修士課程を終えて3年間の博士課程に進むが、修士課程の2年次にこの審査を行い、修士の資格を与える。そのねらいは、専攻だけでなく関連分野も含めた幅広い筆記試験などを課すことにより、広い視野を持つ人材を育てることとある。博士課程を終えた学生は、産業界から「専門分野には詳しいが応用がきかず、使いにくい」と評価されてきた。この評価を覆すための苦肉の策でもあるようだ。

しかし、この審査により応用能力を持った博士課程修了者が現れるのか? はなはだ疑問だ。ここから先は決め付けになってしまうかもしれないが、ご容赦願いたい。

まず、博士課程において何らかの専門を極め、独自の研究成果を出すためには、自分の専門だけでなくその周辺の領域の知識も駆使することが必要となる。特に今日のように学問と学問の間にある境界領域の重要性が問われ、新しい技術や商品がその境界領域の研究から生み出される確率が高い時代においてはなおさらである。この境界領域において新しい発見をするためには、その境界領域を形作るすべての学問領域についての学識を持っておくことが必要である。

そう考えると今回のこの基礎力審査の話は何かしら変である。というのは、もし、ある学生が大学院の博士課程に進まずに修士課程で終え、この段階で企業に就職すればこの学生は広い視野を持ち応用力もあったということになる。そして、その学生が博士課程に進んだばっかりに専門バカとなり、その結果、専門しかわからないような視野の狭い応用のきかない人間になり果ててしまったのか? 変な話である。もしこの通りだとすると、この審査で合格した修士課程修了者も博士課程に進むと専門バカ化という同じ道を進むことになる。

結局は、他の関連する学問領域に対する関心がなく、しかも応用能力に欠ける一部の博士課程修了者が不出来であり、その不出来さを産業界が指摘したことにより文部省がしかたなく動いたということか? もしそうだとすると、こんな審査をいくら行なっても意味がないと考えられる。本当のところは、文部省がポスドク問題を解決したいと短絡的に考え出したのがこの審査方式であるかもしれないが。そうだとすると研究の現場が審査合格のための予備校と化す可能性も出てくる。

西欧と日本の学業に対する考え方で一番大きく違う箇所は「思考力を養う」という部分である。西欧においては試験時に教科書や参考書を持ち込み、そこに書いてある情報を加工して答えを導き出す。これは正に応用力を試している試験である。これに対して日本の試験は、教科書に書いてある知識を覚え込ませ、それを短時間のうちに間違いなくアウトプットさせようとするものである。判断力や応用力の伴わない、メモリーだけの学生を育てることに注力している。そして、今回の審査の方式も正にこの知識のアウトプットを試す試験であるように感じられる。

私は会社に務めているが、毎年新入社員が入ってくる。国立・公立・私立大学、博士・修士・学士・高校。もっと付け加えれば一流大学、二流大学・・・。そして毎年感じるのは一流大学で最高の教育を受けていても大したことはない人もいるし、地方大学の学部出身であっても素晴らしく仕事のできる人もいる。この違いは何かと私なりに考えてみた結果が、(1)仕事に対する意欲があり、不足する知識や情報は自分で見つけてくる能力を身につけている、(2)得られた情報を組み合わせ応用する能力をすでに持っている。

このような能力はおそらくは高校までに形作られるものである。それを修士課程の修了時(24才)で確認しようなどとははなはだ手遅れではないだろうか。小学・中学・高校での教育方針を見直し、自ら学ぶ力を持った学生を育て、その培われた能力を大学の入学試験で試す。これが本筋であろう。もし、このことが実現するのであれば、なにも今回の「博士論文研究基礎力審査」などという茶番劇を演ずる必要性はないと考えられる。

最後に一言。修士論文は重要である。それは、その学生が何に問題を感じ(問題の定義)、それを解決するためにどのような方法を講じ(計画・実行)、どのような結論(成果)に至ったのかが記された報告書だからである。修士論文の内容なしで、その学生をどう評価するのかを聞きたい。


日本経済新聞 10月27日
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