研究をするということは「幅広く仮説を立てること」「問題を立てること」、そして得られた「成果を公表]へ

研究という言葉は、多くの人に何か近寄りがたい印象を与える。周りの人からは何かとてつもなく高尚なことをやっているように映っている場合が多い。というのも、一般の人々の研究に持つ印象は、①私たちに理解できないようなとても難しいことをやっている、②部屋に閉じこもってただ一人黙々と何かをしているので何をやっているのか知る機会もない、③一生を掛かって何かを追い求めるなどは凡人にできることではない。④彼らはある意味、オタクに違いない、といったところであろうか。

しかし、少し見方を変えると、いたるところに研究がある。例えば、AKBのあの子が好きだから彼女の情報を集め、彼女のことなら本人以上になんでも知っている。これも立派な研究である。学術的な研究以外にも、個人が興味をもったことであればこのように、いかなる事柄でも研究の対象となる。

研究の第一歩は知りたいという欲求である。他の誰よりも私はそれを知りたい。それを解明したいという欲望である。すこし意味合いは変わるが、先程のAKBの例のように心の底からそれを知ることが楽しいということもある。最初は他の人がするのと同じように広く知ることから始めるが、やがては私だけが知っている。私はこのことに関しては第一人者だ、そうなりたい、という欲望が強くなってくる。これが知ることに対する人間の本質ではないかと思う。

何か人が知らないこと、こんなことが分かったら、あるいはこんなことを私だけが知っていたら素晴らしいのに。とか、誰がやっても解けない問題があれば、ただひたすらにその解ける日を夢見て日々努力する。その苦しみもその人にとってはある意味、幸せな時間を与える。周りからは苦しんでいるように見えても、本人はエフェドリンの分泌も最高潮に、充実した時間を送っている場合が多い。研究するとはそのようなことである。

医学や理学のように、学際に関することになると、非常にやりがいがあるが、楽しさに加えて苦しさの比重が少し増してくる。これは、世界のブレインを相手に挑む頭脳の格闘技だ。この格闘技に勝ち残り、優勝を果たすためには、誰も考えつかなかったような斬新なアイデアで勝負することが必須となる。

そしてここが重要なところであるが、素直に問題を解くことも大事であるが、優秀な科学者は与えられた問題に対して仮説を立てる。もしもこのようなことを仮定すればこのような結果が予想される。そして、その仮説が正しいかを実際に試してみる。思い通りの答えが出ればそれで良し。だが、たまには思ったことと全く違う答えが得られることがあり、それが大発見・大発明へとつながることがある。セレンディピティである。この幸運の女神が多くのノーベル賞受賞者を生み出したことはよく知られるところである。

仮説を立て、その仮説を証明していくことはこのように重要なことである。しかし、もう一つの方法として、問題を立てること、すなわち研究テーマを自ら作り出していくことは研究を進める上で重要である。たとえば、迷路を作り粘菌を入口から出口まで移動させるとナゼ最短距離となる解をみいだすのか? これなどは誰もが不思議に思わなかった事象に焦点を当て(問題を立て)その解明にあたった例である。この研究はイグノーベル賞を受賞した。


研究のポイント

仮説は幅広く条件を振ったものとすること。極端な条件で実験するといままで見えなかったり気付かなかったりしたものが見えてくることがある。セレンディピティ。

問題を立てる。問題を立てることは問題を解くことよりもはるかに難しい。この未知に対する問いかけが研究の本質である。論文指導とは、問題の立て方を教えることである。

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