書籍 リベラルアーツ世界 教養なきものは欧米社会で尊敬されない なぜ、日本にリベラルアーツがないか

旧制高校においては人生とはなんぞや、と同じ飯を食いながら議論した。これは、生きていくためには全く無意味のようにも思われるが、この議論を通して生きる意味をつかみ取り、それを励みにその後の人生を作り上げてきた。社会における自身の役割を意識したからこそ、戦前の人々は非常に建設的な仕事を成し遂げることができたと言える。

ところが、戦後は事情が変わった。特にここ20年くらいの高校生は「ゆとり教育」の名のもとに、深く考えることがなくなったのではと思われる。「私はどこから来てどこへ行くのか?」 生きていれば必ず遭遇する問題であるが、この人生にとって一番大切な問いを避けて通った結果、迫力のない人生となっているし、ものごとがうまくいかない理由を他人のせいにする風潮も出てきている。

欧米諸国においては、リベラルアーツなる教育方針が大学学部生には徹底している。このカリキュラムにおいて古典に学び、生きる意味を認識する。古典を知らなければ、実業界においても尊敬されないことになる。日本人が欧米諸国の人と仕事を共にするとき、尊敬を得るのは、日本人が日本の歴史についていかに理解しているかということが重要となる。

旧制高校から伝統的に続いてきた、いわゆるリベラルアーツがとぎれたのは、敗戦によりアメリカが、この教育を禁止したためである。日本が再び息を吹き返すことを恐れたからであると言われている。日本の教育も再考する時に来ていると言っていいのではないか。このままでは、世界に置いて行かれ、世界で孤立した日本となってしまうことは間違いないのではないか。日本の特徴はガラパゴスである。技術のガラパゴスは歓迎であるが、人と人とのつながりにおいてのガラパゴスには問題があると思う。

若者よ。国が言う「ゆとり教育」などはナンボのものかと思い、それを無視する気概を持って、自分自身を鍛えることを望む。なんとなれば、欧米の大学生はリベラルアーツの名のもとに、寝る間を惜しんで勉学し、議論を戦わしているからである。今の日本の大学性がこの欧米の学生とディベートをしたとき、とても勝ち目がないと思われる。自分の人生は自分で切り開くべきである。国を信用してはいけない!



参考ブログ

書籍「アホ大学のバカ学生」 バカはマネジメント能力でキラリと光る原石 大学生は読んで才能に気づくべし

お子さんを持つ日本のお父さんお母さんへ 夏休みの宿題をお子さんの成長の出発点とするには



         

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この記事へのコメント

はじめまして。愛知より
2012年02月22日 01:05
『自由七科』で広めて欲しいです。経済学で言う「リベラル」は確か新自由主義と繋がるはずで、日本では保守層から毛嫌いされはじめていると思います。
通りすがり
2012年03月02日 11:05
日本人も人間としての尊厳を考える時期に来たように思います。というよりは、忘れ去った尊厳を思い出すときに来たと言い直してもいいのでは。

西洋中世で重視された、教養を身につけるための7つの学問。文法学、論理学、修辞学、ならびに、幾何学、数論、天文学、音楽。欧米では教養を重んじる少人数制の大学を「リベラルアーツ・カレッジ」と呼ぶ。
2012年03月03日 18:58
愛知さん、通りすがりさん

コメントありがとうございます。ともかく、自ら尊厳を持って考える力ですね。

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