あなたのお子さんは、逸見愛の愛犬ポシェと同じように言うことをまったく聞かなくなってはいませんか?

昨日(1月15日)夕方の7時よりの「サ!鉄腕!DASH!」で、逸見愛とその愛犬ポシェが登場した。ポシェは飼い主の言うことを全くきこうとしない。そこで、逸見がポシェに向かってなぜ私の言うことが聞けないのよと、ヒステリックに大声を上げるところから番組が始まる。

逸見のいうことをきかなければポシェは常に怒られているわけだが、なんで怒られているのかをポシェは理解していない。逸見がヒステリックになればなるほどポシェはその怒鳴り声を聴きたくないと思うわけである。

ポシェはもう成犬となっているが、調教師がポシェの調教の仕方を逸見に教えた。

いくら大きな声を張り上げてもポシェは言うことを聞かないが、ポシェはいつも逸見の声を聞いているからそんなに大きな声を出す必要はない。それよりも、ポシェと目をあわせて、ポシェのことを思っていること、そして、指示通りの行動(芸)をしたときにはよくやったと褒めてやる(最初はそのたびに食べ物を与える)、その行動ができないときには出来るまで焦らずに待つ。これを繰り返していくとポシェが善悪を判断して、逸見の思うとおりに行動してくれることになる。

子犬のときから成犬になるまでの長い期間、これという教育を受けずに育ったポシェは、他の犬に吠え付いたり、来客に吠えたりと手が付けられないダメ犬であったが、この調教から6箇月後の姿は、逸見の指示通りに動く、いわゆる良い犬に変身していた。教育の効果とは偉大なものである。


この番組を見ていてふと考えてしまった。こんな光景をよく目にするよなと。そう、公園などで母親が自分の子供にヒステリックに怒りをぶつけているあの姿だ。子供はまだ真っ白であり、何が良くて何が悪いかはわからない。先程のポシェと同じく、大声で叱られるとただただ萎縮してしまうだけではないだろうか。良いことをしたときに褒めること、先程のポシェの調教師も褒めることが大切といったが、ともかく褒めることが大切である。

犬と人間の子供を一緒にするつもりはないが、そして一部の方々からは一緒にするなんてとんでもないと言われるかもしれないが、教育とは本来かくあるべきではないかと私は常々思っている。近年、教育は学校がするものとの風潮もあるが、学校に上がるまでの幼少時の教育を各過程でしっかりとして、集団で教育を受けられる素地を作り上げておくことが、学校教育の前提となる。ポシェのように上の空で遊びまわったり、他の犬のボールを横取りしたりなど、このようなことをすると集団生活から置いて行かれることになり、結局は成人が近づいてから、再教育の方法を考えることになる。ポシェのように。


今回の番組は、このように、私に教育とは何かの原点を再認識させてくれるものであった。


         

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