来年の干支、龍の起源はコイではなくワニであると 龍よりも先に竜の字が使われていたと 確かに恐竜という

コイが滝を登って竜となる(竜にさんずいを付けると滝となるのも面白い)。これが出世するという意味で、登竜門という言葉もここから来ている。入試シーズンには、合格者をこの登竜門に例える学校もある。

竜の起源がワニであるとの新聞記事があった。確かに竜の顔つきはワニである。そして、手足の形も。ワニを長く引き伸ばせば確かに竜となる。

まだほんの少し早いですが、来年が竜(龍)のように力強く高みを目指す、良い年になりますように。



(Wikipedia)

竜のモチーフとなったとされる生物

ワニ学者の青木良輔は、竜の起源は、古代に長江や漢水に実在したワニの一種(マチカネワニ)であり、寒冷化により絶滅した後、伝説化したものだと主張している[4]。これは現在残っている竜の図像の歴史的変化からも窺えるとのことである。

竜(りゅう、りょう)は、中国神話の生物。古来神秘的な存在として位置づけられてきた。

旧字体では「龍」だが、字としては「竜」の方が古く、甲骨文字から使われている。荘厳にするため複雑にしたのが「龍」である。「龍」は今日でも広く用いられ、人名用漢字にも含まれている。

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神戸新聞 12月29日

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鶴林寺(Wikipedia)

 兵庫県加古川市にある仏教寺院。山号を刀田山(とたさん)と称する。宗派は天台宗、本尊は薬師如来である。

 近畿地方に数多くある聖徳太子開基伝承をもつ寺院の1つで、太子建立七大寺の一つとも言うが、創建の詳しい事情は不明である。平安時代建築の太子堂(国宝)をはじめ、多くの文化財を抱えるため、西の法隆寺とも言われている播磨地方有数の古寺である。

 伝承では創建は崇峻天皇2年(589年)にさかのぼり、聖徳太子が当時播磨の地にいた高麗僧・恵便(えべん)のために建立、その後養老2年(718年)身人部春則(むとべのはるのり/みとべのはるのり)なる人物が七堂伽藍を整備したというが、伝承の域を出ない。ただし、推古天皇14年(606年)、聖徳太子が法華経を講義し、その功で天皇から播磨国の水田百町を得たことは史実とされ、聖徳太子と播磨には何らかの関連があったと想像される。創建時は四天王寺聖霊院という寺号であったものを、天永3年(1112年)に鳥羽天皇によって勅願所に定められたのを期に「鶴林寺」と改めたという。

 鶴林寺には、現に奈良時代の銅造聖観音像があり、金堂本尊の薬師三尊像は平安時代前期・10世紀にさかのぼる古像であることから見て、かなり古い歴史をもつ寺院であることは間違いない。

 現在も主要な堂塔だけで16棟の大伽藍を有するが、鎌倉・室町期には寺坊だけで30以上を有する規模であった。

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由来等、現地で撮影(12月29日)

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