福島原発を襲った地震の大きさは想定外 これは正しい。 だが、津波の大きさは想定外 これは全くの間違い

東電の会長が福島原発1~4号機の廃炉を明言した。また、東電だけで今回の賠償は到底無理であるので、結局は国に肩代わりしてもらう必要があるのではとも述べた。

東電や国のによると、今回の地震は想定を超えた規模であり、不可抗力であるとの共通見解であるが、福島原発に致命的な一撃を与えたのは地震ではなくて、津波であったことは衆目の認めるところである。

福島原発で想定されていた津波の高さは6mで、防波堤の高さは10m。それに対して実際の津波の高さは推定15mと、やすやすとこの防波堤を超えたわけである。

安全を考えるときにはその起こる頻度と、与える影響を考えるのが常識である。今回の原発のケースは、想定外?の津波が押し寄せた時に、その被害が計り知れないものとなることが盛り込めなかったことが根本原因である。担当者に想像力がなかったといえばそれまでになるかもしれないが、実際は東電が経済原則を最優先した結果であろう。

なぜならば、下のWikipediaからもわかるように、三陸海岸は1896年に38.2mの津波に見舞われている。これをどう考えるか!!

また、今回の補償についても、東電は国に、つまりはその付けを国民に回そうとしている。株式会社であるから、破産してしまえばそれまでということではあるが、事故処理も終わっていない段階において、この発言は不適切である。




読売新聞 3月30日

10m津波想定せず…全国54基、電源喪失恐れ

 全国の原子力発電所が、東日本巨大地震で発生した10メートル級の津波を想定しておらず、想定を超えた津波に襲われると福島第一原子力発電所と同様の電源喪失に陥る恐れのあることが、読売新聞社の調査でわかった。

 経済産業省は福島での事故を受けて、電力各社に対策の強化を求めるが、各社とも対応に追われている。

 大地震などの際、運転中の原子炉を安全に停止するには、炉を冷却する装置が働く必要がある。各原発は、通常の外部電源が止まった時のために非常用電源を備えるが、福島第一原発では非常用ディーゼル発電機が津波で浸水し故障した。

 読売新聞社が、全国の商業用原発54基について調べたところ、津波の想定は最高でも北海道電力泊原発(泊村)の9・8メートルで、最も低い関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)は0・74メートルだった。



津波(Wikipedia)

日本国内を発生源とする津波
八重山地震の津波(明和の大津波)で陸に打ち上げられたとされる下地島の帯岩1703年 元禄大地震 - 津波の高さは8メートル以上。20 メートルの地点もあり。津波が犬吠埼から下田までを襲い、数千人が犠牲となった。もともと湖であった伊豆大島の波浮港がこの津波で海とつながった[13]。
1707年 宝永地震 - 津波は紀伊半島から九州までの太平洋岸から瀬戸内海にまで及んだ。流失家屋20,000戸。
1741年 北海道西南沖の渡島大島近海で地震、対岸の熊石から松前にかけて大きな被害、津波高さ3メートル、佐渡島でも津波を観測[14]。
1771年 八重山地震 - 石垣島で死者・不明者12,000人。津波の高さは85メートルとされてきたが、琉球大学らの研究では18m。
1793年 2月17日宮城沖に発生した地震で、岩手県中部〜牡鹿半島沿岸に3〜5mの津波
1854年 安政東海地震 - 12月、駿河湾から遠州灘を震源とするM8.4の地震。房総で波高3 - 4 メートル。沼津から伊勢湾が被害甚大、死者 2,000 - 3,000 人。
1854年 安政南海地震 - 安政東海地震のわずか32時間後、紀伊半島南東沖一帯を震源とし同じくM8.4という地震。紀伊半島から四国、九州のみならず大坂市内にまで壊滅的な被害が出た。『稲むらの火』の背景となった津波。津波高さ串本で15メートル、死者数千人。典型的な東海・南海・東南海連動型地震。
1896年 明治三陸地震 - 岩手県綾里で津波の高さ38.2メートル、死者不明者22,000人
1923年 関東地震 - 津波の最大波高は熱海で12メートル。数百人が犠牲となる。
1933年 昭和三陸地震 - 死者・不明者3,000人。
1940年 積丹半島沖地震(神威岬沖地震) - 天塩で死者10人。
1944年 東南海地震 - 津波の波高は熊野灘沿岸で8メートルに達する。
1946年 南海地震 - 津波は静岡県から九州まで来襲、最高6メートル。
1952年 十勝沖地震 - 津波により、北海道厚岸郡浜中村(現 浜中町)南部が壊滅する。津波は、厚岸湾が最高で6.5m、青森県八戸市で2mなど。
1964年 新潟地震 - 津波規模2メートル。観測地点によっては4メートル。
1983年 日本海中部地震 - 津波による犠牲者104人。
1993年 北海道南西沖地震 - 奥尻島で津波の高さが30メートルに達する。死者・不明198人。大津波警報は地震発生後4~5分で出されるも間に合わず、奥尻町青苗地区は壊滅。
2011年 東北地方太平洋沖地震 - 10メートル以上。死者多数。東北地方の太平洋沿岸では壊滅した自治体が出るなど、青森県から千葉県までの太平洋岸ほぼ全域で大被害が発生。三陸沖・福島県沖・茨城県沖の3つの断層が一斉に動いたもので、地震の規模を示すマグニチュードは、20世紀以降に日本で発生した地震としては観測史上最大の9.0になった。さらにこの地震の規模が大ききかったため、これらの沖で発生した津波は世界各地の太平洋沿岸を襲う遠隔地津波になった。



週刊ダイヤモンド 3月25日

世界が震撼! 原発ショック 悠長な初動が呼んだ危機的事態 国主導で進む東電解体への序章


 ある政府関係者は東京電力の対応に怒りをあらわにする。

「(3月14日に)2号機の燃料棒が露出したとき、東電側は『全員撤退したい』と伝えてきた。撤退したら終わりだった。絶対に止めなければならなかった」


 プラントメーカーの東芝首脳も唇をかむ。

「最も原発を知っている技術者たち専門家集団は地震直後からスタンバイしていた。東電の本店の廊下にもいた。しかし部屋に入れてもらえなかった。東電とメーカー、官邸が仲間になれたのは地震発生の3日後だった。もっと早く手を打てたはずだ」



東電はそう簡単にはつぶれあい 東電の資金

 増資で得た資金 4500億円、原発解体費用引当金 7000億円、政府からの地震時賠償金 1200億円、メガバンクからの緊急融資 2兆円、奥の手の電気代値上げ




追伸)

河北新報社 3月27日

38.2メートル大津波の教訓生かす 大船渡・綾里白浜

25メートル前後の津波が到達した大船渡市の綾里白浜地区。防潮堤が破壊され、陸地に飛ばされた


 明治三陸大津波(1896年)で国内観測史上最高の38.2メートルの津波を記録した大船渡市綾里白浜。東日本大震災でも25メートル前後の津波が押し寄せたとみられるが、地区住民のほとんどが過去の教訓を生かして高台に住み、被害を免れた。





日本を滅ぼす原発大災害—完全シミュレーション
風媒社
坂 昇二

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 日本を滅ぼす原発大災害—完全シミュレーション の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

この記事へのコメント

とんとん
2011年03月30日 19:10
福島県に集中しすぎですよね~ 東京電力8基+ 東北電力・・福島県もおいしいこともあったでしょうが・・・福島原発の見学に行ったことがあるけれど 安心・安全はかなり強調していました。東海村でおこった[臨界] 10年くらい前だったでしょうか? 初めて聞いたことばで その意味を知り怖くなった まだその処理は終わってないのでは? 今回で日本は沈没? 復興など無理無理・・・

この記事へのトラックバック