「銀の匙」は灘校生を東大に導いたが、それは生徒の心を豊かにし、人生に目標を与えた結果生じた奇跡である

「銀の匙」は懐かしい、中学の時の教科書である。といっても私は灘校の出身ではない。

私の通った学校は私立である。その入学試験も変わっていた。国語がやたら難しいのである。その問題を見た付添いの父兄が、こんな難しい問題は解けない、と言っていたのを覚えている。今では当用漢字に登録されていないような漢字が頻出する。「蝙蝠」という字が懐かしい。12歳で何とか読んだ。

そんなこんなで入学し、ほっとしたのもつかの間、国語の教科書が「銀の匙」である。灘校のことを知る先生がいて、同じ授業をしてみたいと思ったに違いない。でも、国語力はコミュニケーションツールであると同時に、その他のすべての科目の基礎である。国語は人生のすべての場面において基本となる学科である。「銀の匙」だけで読解力や理解力が上がったかどうかはわからないが、それに続く国語の授業にも特徴があった。

高校卒業まで、国語の授業に「この時、主人公は何を考えていたか」とか「なぜ、妻は主人と目を合わさずに、かすかに笑みを浮かべたか」とか、国語らしくない質問が続くことになる。考えてみるに、国語の役割のひとつは、心を伝えること。そう考えると、試験の点はともかく、よい教育を受けたと今では思っている。

灘校は勉強のみならず、クラブ活動などにも力を入れている。また、国際科学オリンピックでも素晴らしい成績を収めている。教育ママによる「点取り虫」ではなく、自分の目標に向かって人生を切り開いていく姿がそこにある。

「銀の匙」を通して人の心を知ること。そして人生の目的を見つけること。これを目標に素晴らしい教育が灘校でなされ、人生の目標を自ら見出した生徒は、自らの力で走り出した。その結果が、あくまでも結果論であるが、東大への大量合格という形で結実したのだろう。

中学校の時の「銀の匙」は確か岩波文庫だったと思ったのだが、いまは押入れのどこかで眠っている。平成元年に角川文庫より新たに出版され、懐かしさに駆られて初版を買い込んだ。その後、年に一版づつ増刷を繰り返している、いまだにベストセラー本である。ご一読を。




Newポストセブン 2月25日

.東大合格激増させた灘校伝説教師の授業は文庫本1冊読むだけ

 文庫本1冊を3年間かけて読み込む授業を行なう伝説の国語教師がいた。生涯心の糧となるような教材で授業がしたい、その思いは公立校の滑り止めに過ぎなかった灘校を、全国一の進学校に導き、数多のリーダーを生み出すことになった――。

 教師は、文庫本の一節を朗読すると、柔らかな笑顔を浮かべ紙袋を取り出した。生徒たちは、今日は何が出てくるのか、と目を輝かせる。出てきたのは赤や青、色とりどりの駄菓子だった。

 教師は、配り終わると教室を制するようにいった。

「もういっぺんこの部分を読みます。食べながらでいいので聞いてください」

 読み上げたのは主人公が駄菓子屋で飴を食べる場面。

〈青や赤の縞になったのをこっきり噛み折って吸ってみると――〉

 生徒の一人はこう呟く。

「普通なら飴を噛み折る音って『ぽきん』『ぱきん』だけど、確かに『こっきり』のほうが優しくて甘い味の感じがでているなあ……」

 灘校を東大合格者数日本一に導いた「銀の匙」教室の授業風景である。教科書は一切使わない国語の授業。文庫本『銀の匙』(中勘助)1冊を横道に逸れながら中学3年間かけて読み込む。

 前例なき授業を進めたのは橋本武先生、御年98歳。50年間教鞭を執り、昭和59年に同校を去った。橋本先生が退職して27年を経た。だが、今も「銀の匙」教室は、伝説の授業として語り草となっている。

(つづく)


※週刊ポスト2011年3月4日号

         






国語の活用力を育てる授業
光文書院
西村 佐二

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