シリコンバレーの海賊たち アップル社とマイクロソフト社立ち上がり時の実話に基づく映画

アメリカが光り輝いていた時、パソコン(当時はマイコン)に情熱を傾けた学生たちの実話に基づく映画である。

この当時はIBMの大型コンピュータ(フレームコンピュータという)が世界市場を独占し、そのIBMはパソコンが強敵になるなどとは思ってもみなかった。そんなパワレスなコンピュータを、しかも自分でプログラムを組まなければならないようなコンピュータを、いったい誰が何のために使うのですか?と思っていた。これが幸いして、アップル社とマイクロソフト社がその後、急速に発展することになる。両社は、新たな市場を創造し、さらに、IBMなどのフレームコンピュータが持つ市場をも奪い取っていった。

Pirates of Silicon Valley でPiratesと複数形になっているのは、まさにジョブスとゲイツを指してのことだろう。映画の中で、大企業から、当時大企業が自社で価値がないと判断した技術を無償に近い価格で手に入れたり、あるいは、ゲイツのように、BASICの開発者からその権利を安価で手に入れたりと、まさにPiratesである。大企業であろうと、個人であろうと、それが今後重要な技術になると考えてその技術開発に長い時間をかけて研究にあたり、それが形を表した、まさにその時に、横からその成果をはぎ取っていったわけであるからPiratesそのものである。

BASICに至っては、売り込み先企業にそのような言語が完成しているかに思い込ませ(ないものを売っている)、その後、大急ぎで、しかも安価に、かすめ取るように手に入れている。映画の中で、ゲイツが仲間とポーカーに興じている場面が出てくるが、負け知らずであったようだ。ポーカーフェースとはよく言ったものだ。

自由の国アメリカの、実際のビジネスの立ち上げ状況がどのようなものであったかを知る上では、このDVDは貴重な記録としても一面も持っているのではないだろうか。

(参考)私のコンピュータ経歴より
 昭和52年にAppleⅡでBASICソフトを組む。このコンピュータはなかなかの優れもので、生意気にも英語をしゃべっていた。一番最初に組んだプログラムは、ロシア語単語を日本語単語に翻訳するもので、当時はロシア語のキャラクターは持っていなかったので(オプションであったかもしれませんが)、画面上にドットを打たせてロシア文字を描き、その領域にライトペンをあてると、その単語が変数に取り込まれるようにした。複数回の指定で文字列の並びが出来上がり、その並びに対応する日本語を、別途作成したデータベースより見つけ出すというものである。当時は、CPU上のメモリーは64KBであり、その半分をプログラムが占拠するので、ディスクをいかにうまく使うかがポイントであった。5インチフロッピーディスクの価格は1枚3000円と高価であった。
 その後、IBMもパーソナルコンピュータを米国で発売するようになった。昭和62年ごろだったと思うが、IBM5550を使ってみたが、ユーザーフレンドリーでなかったのを覚えている。仮想メモリー技術が入ってきて、容量は格段に大きくなっていたように記憶している。




アマゾンのカスタマーレビュー より拝借

9 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
「バトル オブ シリコンバレー」というテレビドラマ,

(トップ10レビュアー) レビュー対象商品: Pirates of Silicon Valley [VHS] [Import] (VHS)
 1970年代、学生スティーブ・ジョブズは友人のウォズニアックとともに小さなパソコン会社を作ります。その社名はアップル・コンピュータといいました。
 一方同じころ、IBMに対してDOSという名のOSを売り込もうと試みる若者たちがいました。そのリーダーの名はビル・ゲイツ。やがて彼らはウィンドウズというソフトを開発していきます。
 アップルとマイクロソフトの黎明期から90年代末までの歴史を概観できるテレビ・ドラマです。1999年米国TNT制作。

 このドラマで描かれるジョブズとゲイツは、どちらもかなり「えげつない奴」です。ジョブズは学生時代につきあっていた女性に子供を生ませ、かなり長期間その娘を認知しませんでした。初期のマウスやGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を開発したゼロックスからその仕組みをいただいてしまうところなども、ゼロックスの開発チームが切歯扼腕するのも無理ないと思わせるほどジョブズのやり方はいけ好かないものです。

 またゲイツはありもしないDOSをIBMに売り込み、あわてて別会社からOSを買い取るという泥縄ぶり。またジョブズに近づきウィンドウズ開発に必要なあれやこれやを手に入れていきます。

 こうしたあこぎなエピソードが、事実とはいえ、両者が存命中にふんだんに盛り込まれてドラマ化されるというのは、アメリカの不可思議なところです。しかもジョブズ本人は99年のマック・ワールド・コンファランスでこのドラマを上映し、しかも自分を演じたノア・ワイリーをゲストに迎えたというのですから驚きです。

 このドラマでは「Good artists copy, great artists steal.」という台詞が印象的です。まさに二人の主人公は、この偉大な芸術家タイプ。時に人倫にもとるほど破天荒な生き様は、ピカレスク・ロマンを読むかのような不思議な魅力を放っています。


      

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この記事へのコメント

2011年02月20日 11:22
昭和50年代のPCは懐かしいですね。
私はPC88、98で稚拙ながらプログラムを作ったことを思い出しました。
伝右
2011年02月20日 22:29
お仲間がいてうれしいです。
わたしは、AppleⅡ、PC8001、日立レベル3、リクルートコンピューティング(リモートコンピューティング)、本社フレームコンピュータ(昼休みの1時間、非稼働時間帯に独占)、PC8800.IBMPC5550、PC9800、エンジニアリングステーション、・・・・・・・。
その間、福井謙一先生のフロンティア理論を用いて、有用化学物質の構造予測(米国に商品として販売した)やプラントシムレーションなどを行ってきました。現代ただ今もプラントシミュレーションに利用しています。
いや、思い出と言ってしまえば価値が下がってしまいますが、willを実現するための力強いツールです。最近の若い人がプログラミングができないのが不思議です。ITには慣れ親しんでいると思うのですが。パッケージソフト(ブラックボックス)に頼っていることが原因なのでしょうね。
otak2010
2011年02月28日 22:01
お世話になっています。

僕も最初はフロンティア軌道理論とヒュッケル法から計算機に入りました。学校(高専だったので、計算機環境には恵まれていました)にVAX11/750が入っていて、Fortranで計算させていました。卒研は化学工学で、連続エステル化プロセスの蒸留塔の計算をやっていました。でも、どちらかというと苦手で、一般的なプロセス化学はいまだに好きではないです。この手の設計ができるとどこでも食べていけるとは思うのですが。プラントシミュレーションを米国に販売するほどとは恐れ入りますです。

若い人のパッケージソフトの問題は思ったより深刻で、中身を理解せずに数値を与えているのでハラハラします。プログラムできる若い方はJavaやC++を好んで使っていますが、数値計算向きじゃないなーなんて言って煙たがられています。大学に入ってから以降、今に至るまでab initio計算をやることがありますが、ありえない遷移状態を出す人がときどきいます(初期構造が悪すぎるため、つまり、反応経路を理解して入力を作っていないためだと思います)。

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