士業(さむらいぎょう)と師業の境はどこにあるか その業の外に日本版ブルーオーシャンは存在するか

下の引用は日本技術士会発行の雑誌・技術士2011年1月号からの引用である。「士」と「師」の比較がしてあったので、興味深く拝読した。

著者が大辞泉を調べたところによると、
「士」には、学識・徳行のある立派な男子、特別の資格・技術を身に着けた人、さむらいなどの意味がある。
「師」には、学問・技芸を教授する人、技術・技芸などの専門家を意味する。

士は精神面を強調し、師は知識面を強調した言葉である。

そして、著者はその比較表も示している。

        人としての特長    強調面     具体例
   士   徳のある立派な人   精神面   リーダー(監督)
   師   知識のある偉い人   知識面   コーチ (先生)


さて、著者の分類からすると、技術士、弁護士、公認会計士、弁理士、武士、力士は精神面で立派なひとということになり、世間から信頼を寄せられる存在でなければならない。まさに、これがこの論文のタイトルである倫理問題につながるところであろうか。

それに対して医師、教師は知っていることを教え伝えていく専門職ということになる。

医師や教師の名が初めて生まれた時には、医師は西欧からの技術をそのまま利用して庶民の病を治し、教師は過去から伝わった学問や西洋から伝わった知識をそのまま教えていたことが、語尾に師をいただく原因かと推察される。

それに対して、武士と力士は別として、技術士、弁護士、公認会計士、そして弁護士より派生した弁理士はその誕生が比較的新しい資格制度であるのが士を語尾にいただく理由ではないかと考えられる。

最高の技術者を「技師長」と位置づける会社が多いが、これは、士と師のいいとこどりを狙ったものであろうか?技術の教育職といったイメージを受けてしまうのだが、・・・

さて、今日においては、士と師はともに倫理に支配されている。また、これ以外の、士や師のつかない資格も当然倫理に支配されていることは間違いない事実である。士(さむらい)業が注目を受け、その資格取得に多くの時間を必要とする今日であるが、医師や教師の師につづいて様々な士業が生まれてきたように、今日、士に続く新しい資格や技術が求められる世の中になってきているのではと感じられる。

特に日本の閉塞感を打ち破るにふさわしい資格やシステム、能力が強く求められている。



応用理学における倫理問題 稲垣正春  IPEJ Journal Vol.23 No.1 (2011)

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