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zoom RSS オウム真理教のサリン70トン製造計画が進みつつあった 中川智正死刑囚が語ったこと

<<   作成日時 : 2012/06/09 11:15   >>

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毒物学で高名なAnthony T.Tu博士がサリン事件で刑が確定している中川智正死刑囚と面談した、その内容が雑誌「現代化学」に掲載されている。

それによると、オウム真理教は約70トンのサリンを製造する予定であったようだ。この量は4200万人の人を殺せる量である。なお、ドイツは第二次世界大戦中に7000トンのサリンを所有していたというから、これは実に42億人の生命を奪える量で、当時の全人類を抹殺できる量である。

その開発の中心人物は村井秀夫(大阪大学物理学科卒、故人)と土屋正実(筑波大学化学科卒、死刑囚)であった。記事によると、サリンを造る経路を簡単に見い出し、さらに量子化学計算システムMOPACを用いて、製造方法に改良も加えている。かれらは科学者としては優れていたと言える。

マインドコントロールの下で行われた犯罪とはいえ、間違った目的のためには手段も選ばない集団心理が影響したのではないかと私には思われる。あるいは、別の言葉で言うと、間違っているかもしれないが、教団内の序列を高めることが彼らの目的と化していたのかもしれない。目標さえはっきりとすれば、それに向かって人はどんなことでもできるということの証左である。逆に言うと、将来を見据えたしっかりとした目標を持ちさえすれば、人はそれに向かって限りなく近づいていけるということである。

この記事のなかでも中川智正死刑囚を中川氏と記してあり、さらに欄外に「※本稿は中川智正氏の承諾を得て掲載した」とある。人生は艱難辛苦、あるいは非情、不合理なことは多くあるが、それをいつまでも引きずっていては明るい将来は見えてこない。この「氏」と言う言葉からそれを感じさせられた。受け入れがたいかもしれないが「ノーサイド」のニュアンスが伝わってくる。Anthony T.Tu先生のお人柄であろう。



           現代化学 2012年5月 pp26−30より
           新たに判明したサリン事件の真実

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サリン(Wikipedia)

サリンという名は、開発に携わったシュラーダー (Schrader)、アンブロス (Ambros)、ルドリガー (Rudriger)、ファン・デア・リンデ (Van der LINde) の名前を取って名付けられた。合成成分からイソプロピルメタンフルオロホスホネートとも言われる。

VXガスと同じでコリンエステラーゼ阻害剤として作用する。元々は有機リン系殺虫剤を開発する過程で発見された物質ではあるものの、生物に対する毒性の猛烈な強さや取り扱いの危険性が大き過ぎるなどの問題があり、実質的には化学兵器として殺傷行為に用いる以外の用途は無い。

1990年代に新興宗教のオウム真理教がサリン製造を目的としたプラントを建設して合成に成功し、裁判妨害や社会混乱などを企図した無差別テロ事件を引き起こした。

歴史

サリンはもともとは1902年にすでに合成されていたが、当初その毒性は知られていなかった。毒性に最初期に着目したのはドイツ軍で、第二次世界大戦中に量産を計画するが、ナチスは敗戦までに7000トン以上の「サリン」を貯蔵していたにもかかわらず、終戦まで一度も使うことはなかった。アドルフ・ヒトラーの側近だったヨーゼフ・ゲッベルスは「サリン」投入を主張した。 また、国防軍最高司令部総長ヴィルヘルム・カイテル陸軍元帥も戦局を打開するため、「サリン」投入に前向きだった[要出典]。しかし、第一次世界大戦で毒ガスによって視神経や脳神経に一過性の障害を負い喉や眼を負傷した経験を持つヒトラーは彼らの進言を全く聞き入れず、「サリン」を戦争やユダヤ人の殺害に使用することはなかった

毒性

殺傷能力が非常に強く、吸収した量によっては数分で症状が現れる[3]。また、呼吸器系からだけでなく皮膚からも吸収されるため、ガスマスクだけではなく対応する防護服を着用しなければ防護できない[4] [5]。

経皮毒性の一例を示すと、経皮投与におけるヒトの半数致死量は28 mg/kgである[4]。これは、体重60 kgのヒトが1680 mg(約1.5 mL)のサリンを経皮吸収すると、その半数が死亡するということである。また、皮膚に一滴垂らすだけで確実に死に至るとの記述も存在する[6]。

その毒性は神経に障害を起こすものである。自覚症状としては、まず最初に目がチカチカする・視界が暗くなるなどの異常が起こり(瞳孔の収縮による。これは「縮瞳」とよばれる)、ついで涙が止まらなくなったり、くしゃみや鼻水など呼吸系の障害が起きる。呼吸困難を伴うこともある。さらに重度の場合、全身痙攣などを引き起こし、最悪の場合死にいたる。50% 致死濃度 (LC50) は、1 m3 あたり 100 mg(1分間)。毒性は、サリンがアセチルコリンエステラーゼ等の活性部位に不可逆的に結合し、アセチルコリンの分解を阻害して神経伝達を麻痺させる作用によるものである[6]。




オウム真理教(Wikipedia)

• 1984年
2月14日 - 麻原彰晃こと松本智津夫により東京都渋谷区で創設される。当初はヨガのサークルであった。

• 1988年
9月22日 - 富士山総本部に来ていた在家信者が修行中に死亡。遺体は、護摩壇で焼かれた上に、旧上九一色村の精進湖へ遺棄された。(在家信者死亡事件)

• 1989年
2月10日 - 教団最初の殺人事件、男性信者殺害事件発生。
11月4日 - 坂本堤弁護士一家殺害事件で一家3人を殺害。

• 1993年
漫画家の小林よしのり、幸福の科学の大川隆法総裁、衆議院議員の小沢一郎・細川護熙、タレントのデーブ・スペクターなどの暗殺を計画するも失敗。
6月6日 - オウム真理教男性信者逆さ吊り死亡事件が発生。遺体は幹部らによって遺棄された。
6月28日 - 第1次亀戸異臭事件。
7月2日 - 第2次亀戸異臭事件。
11月 - 山梨県上九一色村の第7サティアンにおいて、サリンプラントを建設を開始。(サリンプラント建設事件)

• 1994年
1月30日 - 薬剤師リンチ殺人事件が発生。
3月27日 - 宮崎県旅館経営者営利略取事件(被害者は5ヶ月間監禁され、解放後の9月2日に告訴)
5月 - 上九一色村の第7サティアンに化学プラント建設開始(7月完成)
5月9日 - 滝本弁護士サリン襲撃事件。
6月 - 1995年3月 - 旧ソ連製のAK-74を密造(詳細はオウム真理教の兵器・自動小銃密造事件を参照)。
6月27日 - 松本サリン事件。長野県松本市でサリンを噴霧し、8人を殺害。重軽傷660人。
7月9日 - 第7サティアン周辺で異臭騒ぎ。警察当局が付近の土を採取し、警察庁科学警察研究所で調べたところ、サリン製造の際の副生成物が検知され、しかも松本サリン事件で現場に残留していた副生成物とほぼ一致したことが判明[27]。
7月10日 - オウム真理教男性現役信者リンチ殺人事件 発生。
7月15日 - 50℃の温熱療法修行による男性信者死亡事件。
9月20日 - 江川紹子ホスゲン襲撃事件。
12月2日 - 駐車場経営者VX襲撃事件。
12月10日 - ピアニスト監禁事件。
12月12日 - 会社員VX殺害事件。

• 1995年
1月1日 - 読売新聞が上九一色村の第7サティアンでサリン残留物が検出されたとスクープ。これを受けてサリンプラントを解体し、シヴァ大神を祭った神殿に改装するよう麻原が指示。
1月4日 - 「オウム真理教被害者の会」会長をVXガスで襲撃。(被害者の会会長VX襲撃事件)
1月4日 - 上九一色村の教団施設にサリンを噴霧したとして、教団信徒18人が村内の肥料会社社長を殺人未遂罪で告訴。(この件を主導した弁護士の青山が5月4日、名誉毀損罪で逮捕される)
2月28日 - 公証人役場事務長逮捕監禁致死事件で男性1人が死亡。
3月13日 - 「オウム真理教被害対策弁護団」の滝本太郎弁護士が警察庁長官と検事総長宛に「本当にオウムがサリンを撒く可能性がある」と速達で上申。
3月15日 - 東京・霞ヶ関の地下鉄駅構内で、不審なアタッシェケース(中身は超音波振動による自動式の噴霧器)が発見され、警視庁の爆弾処理班が出動する。
3月17日 - 警察庁において警視庁機動隊と捜査一課捜査員によるオウム真理教に対する一斉家宅捜索を3月22日に行う決定[27]。
3月20日 - 地下鉄サリン事件。東京の営団地下鉄(現・東京地下鉄)でサリンを撒き、13人を殺害、5,510人が重軽傷を負った。
3月22日 - 警視庁が公証人役場事務長逮捕監禁致死事件でオウム真理教信徒の逮捕状を取り、上九一色村の教団施設など1都2県の施設25カ所を一斉家宅捜索。
4月23日 - 村井秀夫刺殺事件。
5月16日 - 麻原彰晃こと松本智津夫を山梨県上九一色村の教団施設で逮捕。
5月16日 - 東京都庁小包爆弾事件。
10月30日 - 東京地方裁判所が宗教法人法に基づく解散命令を決定(同年12月確定)。


平田信(Wikipedia)
2011年12月31日出頭

公証人役場事務長逮捕監禁致死事件
島田裕巳宅爆弾事件
オウム真理教東京総本部火炎瓶事件


菊地直子(Wikipedia)
2012年6月3日身柄拘束、6月8日逮捕

地下鉄サリン事件において、土谷正実が中心となったサリン製造プロジェクトに関与したとして警察から指名手配されていた。また東京都庁小包爆弾事件の嫌疑がかけられている[6]。


高橋克也(Wikipedia)
2012年6月4日逃走

駐車場経営者VX襲撃事件
会社員VX殺害事件
被害者の会会長VX襲撃事件
公証人役場事務長逮捕監禁致死事件
地下鉄サリン事件
東京都庁小包爆弾事件

            

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2012/06/10 02:42

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